犬や猫に咬まれた直後に、119番が入ることは、あまりありません。
私たちが呼ばれるのは、たいていそのあとです。「数日前から熱が出て、だるいと言っていた」「今朝から意識がはっきりしない」——そういう通報で駆けつけて、話を聞いていくうちに、ご家族がふと思い出したように言うことがあります。
「そういえば先週、猫にちょっと咬まれたって言ってました」
咬まれた瞬間よりも、そのあとの数日のほうが長い。家族に残せるのは、その一行の情報です(写真はイメージです)
この記事は、犬や猫に咬まれた・ひっかかれたとき、家族が何をして、何を覚えておくかの話です。
主な出典は、厚生労働省の「カプノサイトファーガ感染症に関するQ&A」、同じく厚生労働省の「動物由来感染症ハンドブック2024」、日本救急医療財団「救急蘇生法の指針2025(市民用)」、環境省の「動物愛護管理行政事務提要(令和7年度版)」です。どれも誰でも読める公開資料です。
先に、3つだけ
長い記事になるので、結論を先に置きます。
- 傷の大きさは、あとで起きることの大きさと一致しません。厚生労働省のQ&Aは「傷が小さくても感染する可能性がある」と書き、専門家向けの項では「創部には腫脹などといった明瞭な病変が認められないことが多く」とまで書いています。傷が落ち着いて見えることは、安心の材料になりません。
- 国のQ&Aは、傷の洗い方の直後に「家族に伝えておきましょう」と書いています。理由まで書いてあります——「万が一の時に医療機関に咬掻傷歴を伝えられるよう」。つまりこれは、本人が自分で説明できなくなる場合を想定した一行です。
- 見るのは傷ではなく、カレンダーです。数時間以内に腫れて痛むもの、1〜5日後に熱とだるさで来るもの、1週間前後でリンパ節が腫れるもの——同じ「咬まれた」でも、起きることが時間帯で分かれます。
そのうえで、最初に釘を刺しておきます。同じQ&Aには「本病は感染しても稀にしか発症しないと考えられます」とも書かれています。この記事は、ペットを飼うのをやめましょう、という話ではまったくありません。洗って、覚えておいて、家族に言っておく。それだけの話です。
以下、ひとつずつ原文で確認していきます。
1. 「小さい傷だから大丈夫」が、いちばん通りにくい理屈
犬や猫の口の中にいる菌のうち、家庭で名前を覚えておく価値があるのは、カプノサイトファーガという菌です。
厚生労働省は、この菌についてQ&Aを公開しています(平成22年5月21日作成、平成30年9月27日更新)。まず、どのくらいの犬猫が持っているかから。
国内のイヌの74~82%、ネコの57~64%が C. canimorsus を保菌しているというデータがあります。(中略)いずれにしても、イヌ・ネコの保菌率が高いことから、全てのイヌやネコが保菌していると考えた方が良いでしょう。なお、これらの菌はイヌやネコの口腔内に常在している菌ですので、イヌやネコは保菌していても症状を示しません。
(厚生労働省「カプノサイトファーガ感染症に関するQ&A」Q4)
「うちの子は室内飼いだから」「予防接種もしているから」——現場でよく聞く言葉ですが、これは病気ではなく常在菌です。健康な犬猫が、健康なまま持っています。飼い方の良し悪しの話ではありません。
そして、次がこの記事でいちばん大事な一文です。
傷口を石けんと流水でよく洗いましょう。傷が小さくても感染する可能性があるので、万が一の時に医療機関に咬掻傷歴を伝えられるよう、家族にイヌやネコによる咬傷があったことを伝えておきましょう。また、傷口をイヌやネコになめられないようにしましょう。
(同Q&A Q7「イヌやネコに咬まれたり引っ掻かれたりした時の対処方法は?」)
さらに、専門家向けの項には、こう書かれています。
創部には腫脹などといった明瞭な病変が認められないことが多く、通常、炎症のフォーカスは不明です。
(同Q&A Q14)
これは、傷そのものは腫れも赤みもなく、きれいに治っていくのに、全身のほうが悪くなっていくことがある、という意味です。
私たちが現場で「傷を見せてください」と言っても、指先にうっすら跡が残っているだけ、ということがあります。その見た目は、判断材料になりません。
まずやることは、消毒ではなく洗浄。国の指針が「もっとも重要」と書いているのは流水のほうです(写真はイメージです)
2. 起きることは、「何日目か」で分かれます
犬猫に咬まれたあとに起きうることを、公的資料の記述どおりに時間軸で並べると、はっきり3つに分かれます。
① 数時間以内——腫れて、痛む
厚生労働省の「動物由来感染症ハンドブック2024」から、パスツレラ症の説明です。
咬まれたところの腫れと痛み、その後、急速に、皮下の炎症が深く広い範囲に拡大した蜂窩織炎になることがある。まれに敗血症に進行する。局所症状が出るのが早いことが特徴で早いときは1時間以内に発症する。
(厚生労働省「動物由来感染症ハンドブック2024」パスツレラ症)
1時間以内です。「夕方に咬まれて、夜には手の甲まで赤く腫れて、じんじん痛む」——これは、時間の経ち方として異常に早いわけではなく、資料に書かれているとおりの経過です。
② 1〜5日後——熱と、だるさと、おなかの痛み
カプノサイトファーガのほうは、時間の出方が違います。
潜伏期間は、1~14日とされています(多くは1~5日)。発熱、倦怠感、腹痛、吐き気、頭痛などを前駆症状として、重症化した例が主に報告されています。
重症化した例では敗血症を示すことが最も多いですが、さらに播種性血管内凝固症候群(DIC)、敗血症性ショックや多臓器不全に進行して死に至ることがあります。敗血症以外では、髄膜炎を起こすこともあります。
なお、敗血症例の約26%、髄膜炎例の約5%が亡くなるとされています。
(同Q&A Q3)
並んでいる前駆症状を、もう一度見てください。発熱、倦怠感、腹痛、吐き気、頭痛。——これは、そのまま「夏かぜ」「胃腸炎」「疲れ」として説明がついてしまう症状です。
ハンドブックも、同じことを別の言い方で書いています。
動物由来感染症に感染しても、はじめは、かぜやインフルエンザ、ありふれた皮膚病等に似た症状のことも多く、病気の発見が遅れがちです。特に小さな子供や妊婦、高齢者は一旦発病すると重症化しやすいので要注意です。医療機関を受診する際は、ペットの飼育状況やペットの健康状態、また動物との接触状況についても医師に伝えましょう。
(同ハンドブック「体に不調を感じたら、早めに相談を!」)
③ 1週間前後——傷のところにぶつぶつ、そのあとリンパ節
3つめは猫ひっかき病です。
1週間前後で受傷部の丘疹・水疱、発熱を示す。その後、傷口の上位のリンパ節が痛みを伴って腫脹する。通常、予後は良好で、症状が数週間~数ヶ月継続するものの、自然治癒する。
(同ハンドブック 猫ひっかき病)
こちらは、資料が明確に「予後は良好」「自然治癒する」と書いています。ただし、数週間から数か月続くとも書いてあります。「手をひっかかれてから10日ほどして、脇の下のぐりぐりが痛い」——関係のない別の病気だと思って、別々に相談してしまうのが、いちばんもったいない形です。
咬まれたのか、ひっかかれたのか。国のQ&Aは、どちらも同じ欄で扱っています(写真はイメージです)
何日目かで、起きることが違う。だから「いつ咬まれたか」は、傷の見た目より価値のある情報になります(写真はイメージです)
3. 洗い方——消毒より先に、流水
では、咬まれた直後に何をするか。ここは公的資料が具体的です。
日本救急医療財団「救急蘇生法の指針2025(市民用)」の「すり傷、切り傷」の項から引きます。
土などで汚れた傷口をそのままにしておくと化膿したり、傷の治りが悪くなる場合があります。すみやかに傷口を水道水など清潔な流水で十分に洗ってください。消毒薬は必ずしも必要なく、流水での洗浄がもっとも重要です。深い傷や汚れがひどい傷では、流水で洗浄後、傷口を清潔に保ってすみやかに医師の診察を受けてください。破傷風の予防接種をしていない場合や前回の接種から何年も経過している場合は、あとで破傷風になる心配もあります。
(日本救急医療財団「救急蘇生法の指針2025(市民用)」11.すり傷、切り傷)
家庭の常識と少しずれるところなので、ゆっくり読んでください。「消毒薬は必ずしも必要なく、流水での洗浄がもっとも重要です」。
厚生労働省のQ&Aも、洗い方については同じことを書いています——「傷口を石けんと流水でよく洗いましょう」(Q7)。石けんと流水。特別な薬品は出てきません。
なお、破傷風については、国立健康危機管理研究機構(JIHS)が「現在はワクチン接種歴のない高齢者を中心に年間約100例の報告がある」「致命率は10から20%と報告されている」としています。ただし、同機構は破傷風の主な感染経路を「外傷から土壌中の芽胞が侵入すること」と説明しており、「動物に咬まれたら破傷風」という書き方はしていません。土や砂の混じった傷を負ったとき、あるいは深い傷のときに、受診先で相談する項目のひとつ、という位置づけで覚えておいてください。
4. 「家族に言っておく」が、なぜ手当てと並んで書かれているのか
ここからが、救急救命士としていちばん書きたかったところです。
もう一度、Q7を置きます。
傷口を石けんと流水でよく洗いましょう。傷が小さくても感染する可能性があるので、万が一の時に医療機関に咬掻傷歴を伝えられるよう、家族にイヌやネコによる咬傷があったことを伝えておきましょう。
行政の文書が、傷の手当ての手順のなかに「家族に伝えておけ」と書くのは、かなり珍しいことです。しかも、理由が明記されています。「万が一の時に医療機関に咬掻傷歴を伝えられるよう」。
これは、本人が自分の口で説明できない状態を想定した文です。
そして、私たちが現場で会うのは、まさにその状態の人です。熱が出ている。ぐったりしている。返事が曖昧になっている。そういう人に「最近、何かありませんでしたか」と聞いても、まともな答えが返ってこないから救急車が呼ばれているわけです。
同じQ&Aは、医療機関側の事情もはっきり書いています。
血液培養が行える検査施設であれば、菌の分離及びカプノサイトファーガである可能性が高いことを確認することは可能です。ただ、生育が遅い菌であり分離・同定に一定程度の時間を要することから、必要な治療は菌の同定を待たずに始めることになります。治療の手助けのためにもイヌやネコの咬掻傷歴を伝えることは重要です。
(同Q&A Q8)
検査の結果を待っていられない。だからその場にいる人の言葉が、治療の入口になる。——「先週、猫に咬まれたと言っていました」という家族の一言が、そのまま診療の手がかりになる、ということです。
覚えておく内容は、多くありません。
- いつ(何日前か。日付が言えるなら日付で)
- 何に(犬か猫か。飼っている子か、よその子か、のら猫か)
- どこを(手、指、腕、顔、足)
- 咬まれたのか、ひっかかれたのか、なめられたのか
Q&Aによれば、感染経路は「主にイヌやネコによる咬傷・掻傷から感染しますが、傷口をなめられて感染した例も報告されています」(Q2)。ですから、ひっかかれただけ・なめられただけも、記憶しておく価値があります。
スマホのメモでも、家族のグループLINEでも構いません。「ひとこと言っておく」だけで、そのメモは残ります。
「いつ・何に・どこを」。この3つだけ残しておけば、あとで誰かが説明できます(写真はイメージです)
5. 「持病がある人だけの話」ではありません
ここは、誤解されやすいところなので、原文を丁寧に引きます。
ほとんどのイヌやネコが口腔内に保菌していることから、ペットとして飼育しているイヌ・ネコからの感染も数多く報告されています。また、健康な方でも、持病(糖尿病、高血圧、免疫抑制剤の使用、脾臓摘出など)を持っている方と同程度の患者数が報告されています。したがって、日頃から動物とは節度を持ってふれあうことが重要です。
(同Q&A Q5)
日本国内の患者の内訳も、同じQ&Aに出ています。
日本においては、1993年から2017年末までに計93例(うち死亡19例)が確認されています。(中略)患者の年齢は、40歳代以上の中高年齢者が95%超を占めており、平均年齢は約64歳です。性別は男性が68例、女性が25例です。患者のうち、糖尿病、肝硬変、全身性自己免疫疾患、悪性腫瘍などの基礎疾患を有する方は約半数にとどまります。生来、健康な方でも感染・発症することが確認されています。
感染原因は、イヌの咬掻傷52例、ネコの咬掻傷20例、イヌ・ネコとの接触歴のみ18例、不明3例となっています。
(同Q&A Q9)
読みどころは3つあります。
- 「基礎疾患を有する方は約半数にとどまります」。残り半分は、持病のない人です。
- 患者の年齢が高い。平均64歳、40代以上が95%超。高齢のご家族がペットと暮らしている家は、この記事の内容がそのまま当てはまります。
- 「イヌ・ネコとの接触歴のみ18例」。93例のうち18例は、咬まれても、ひっかかれてもいません。
一方で、93例は25年間の数字です。ハンドブックにもQ&Aにも、これを煽る書き方はされていません。むしろ、Q1にはこうあります。
なお、動物による咬傷に対し、報告されている患者数は非常に少ないことから、診断に至らなかった患者がいるとしても、本病は感染しても稀にしか発症しないと考えられます。
(同Q&A Q1)
稀です。だからこの記事は、「咬まれたら病院に走れ」とは書きません。書くのは、洗う・覚えておく・家族に言っておくの3つだけです。
6. どこから119番なのか
意外に思われるかもしれませんが、総務省消防庁のリーフレット「救急車を上手に使いましょう」(令和7年12月発行)には、「動物に咬まれた」という項目はありません。こども・おとな・高齢者の3ページを通して探しても、出てきません。
咬まれた傷そのもので該当しうるのは、けが・やけどの欄にある「大量の出血を伴うけが」です。
つまり、咬まれた直後に119番を押すかどうかで迷う場面は、そう多くありません。大量の出血がある、顔や首を咬まれた、深く咬まれて出血が止まらない——そういうときは救急車です。それ以外は、その日のうちに医療機関を受診するかどうかという話になります。
119番が関係してくるのは、むしろ数日後です。リーフレットの「おとな」「高齢者」のページに並ぶ、こちらの症状を見てください。
- 意識がない(返事がない)またはおかしい(もうろうとしている)
- ぐったりしている
- 急な息切れ、呼吸困難
- 突然の激しい腹痛
- 突然の高熱
咬まれた記憶があって、そのあとこの列のどれかが出たなら、それはもう「傷の話」ではなく「全身の話」です。そのときに救急隊へ伝えてほしいのが、さっきの「いつ・何に・どこを」です。
119番と受診の中間で迷ったときは、♯7119(救急安心センター)という窓口もあります。使い方は別の記事にまとめてあります。
咬まれてから数日後の発熱を、別の話として片づけないこと。時間の順番が、いちばんの情報です(写真はイメージです)
7. 数字の話——犬は5,592件、犬以外は25件。その差の読み方
環境省が毎年まとめている「動物愛護管理行政事務提要」に、動物による事故の集計があります。令和7年度版(令和6年度のデータ)から引きます。
- 犬による咬傷事故:5,592件(全国)
- 犬以外の動物による人身事故:25件(全国合計)
一日あたりにすると、犬に咬まれる事故が15件ほど、全国で行政に上がってきていることになります。
ただし、この2つの数字を並べて「猫はほとんど咬まない」と読むのは間違いです。
「犬以外の動物による人身事故」の表を実際に開くと、令和6年度の全国合計25件の中身は、ニホンザル、リス、ミーアキャット、クマ、ポニー、イルカ、チンパンジー——といった顔ぶれで、猫は8件しか載っていません。年間で全国8件。猫に咬まれた人が、日本全国で年に8人しかいないはずがありません。
つまりこの表は、猫の咬傷の実数をとらえるための表ではない、ということです。犬と犬以外で数字が大きく違う理由について、環境省の資料はとくに説明していませんので、この記事でも理由の断定はしません。ただ、「統計に出てこない=起きていない」ではないことだけは、はっきり書いておきます。
現に、厚生労働省のQ&Aが挙げた国内93例のうち、ネコの咬掻傷が原因のものは20例あります。
犬の咬傷は行政に上がる仕組みがあり、年5,592件。猫の側は、同じようには数えられていません(写真はイメージです)
同じ表には、「どういう場面で咬まれたか」も載っています
件数だけ見て終わりにするのは、もったいない表です。同じ「(1)犬による咬傷事故状況」には、事故が起きたときの状況が3種類の切り口で集計されています。令和6年度の全国の数字を並べます。
事故が起きたときの、犬の側の状況
- けい留して運動中:2,349
- その他:1,425
- 放し飼い:907
- 犬舎等にけい留中:777
- 野犬(放浪犬):141
事故が起きたときの、被害者の側の状況
- 通行中:2,683
- 配達・訪問等の際:880
- 犬に手を出した:868
- けい留しようとした:261
- 遊戯中:253
- その他:821
事故の発生場所
- 公共の場所:3,535
- 犬舎等の周辺:1,365
- その他:692
読み下すと、こうなります。いちばん多いのは、リードにつないで散歩させている犬に、道を歩いていた人が、公共の場所で咬まれるという組み合わせです。
放し飼いの犬でも、野犬でも、他人の家の敷地でもありません。ふだんの散歩道で、すれ違いざまに、がいちばん多い。被害者の内訳も、飼い主・家族が185に対し、それ以外が5,232でした。
だから予防としていちばん効くのは、たぶんこれだけです。知らない犬に、手を出さない。子どもに、犬の顔へ手を伸ばさせない。
なお、犬に咬まれて亡くなった方は、令和5年度は0でしたが、令和6年度は飼い主・家族1名、それ以外2名でした。ごくまれではありますが、ゼロが続く数字ではありません。
聞かれる前に、自分から言う。それだけで診療の入口が変わることがあります(写真はイメージです)
何も起きないのがふつうです。それでも、洗って、覚えておく(写真はイメージです)
距離が近いほど、口の中の菌との距離も近くなる。節度を持ってふれあう、というのはそういう意味です(写真はイメージです)

