今日は、おなかの痛みの話をします。傷病名は急性虫垂炎——いわゆる「盲腸」です。
この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。
前の晩から、痛みは続いていました(写真はイメージです)
先に、3つだけ
- 虫垂炎は、教科書どおりの形で来るほうが少ないとされています
- 熱がない・押しても痛くない・歩けるは、「軽い」という意味ではありません
- 痛みが楽になったときこそ、気をつけてください
1. 傷病名——「急性虫垂炎」でした
50代の女性。前の晩の21時ごろから、右の下腹部が痛みはじめました。
朝になってもおさまらず、クリニックを受診。そこで急性虫垂炎と診断され、その場で別の病院へ運ぶことになりました。私たちが呼ばれたのは、そこからです。
到着したとき、ご本人は自分の足で立っていました。意識もはっきりしていて、会話もふつうにできます。
痛みの強さを10段階でうかがうと、10のうち7。決して軽くはありません。
けれど——
- 熱の記録はありません
- 吐き気はあるものの、吐いてはいません
- おなかを押しても、力が入って硬くなることはありません(筋性防御なし)
- 押した手を離しても、痛みは強まりません(反跳痛なし)
診断はついている。それなのに、外から見えるサインはほとんど出ていない。これが、この事案でした。
痛みは、夜のあいだ続いていました(写真はイメージです)
2. 症状のサイン
MSDマニュアル家庭版は、虫垂炎の「典型的な形」をこう書いています。
痛みが上腹部またはへそ周囲から始まり、その後吐き気と嘔吐が生じ、さらに数時間後に吐き気が消えて、痛みが腹部の右下部に移動します。
みぞおちから始まって、右下に移動する。よく知られた形です。
ところが、同じ資料はその直後にこう続けます。
これらは従来最も多く報告されてきた症状ですが、虫垂炎の人で実際にこれらの症状が現れるのは全体の50%未満です。
半分に届きません。教科書どおりに来るほうが、少ないということです。
この事案も、痛みは最初から右下腹部でした。移動していません。
熱が出ないこともあります
同じ資料は、熱についてこう書いています。
37.7°C~38.3°Cの発熱がよくみられます。動いたり、せきをしたりすることで痛みが増します。
「よくみられます」であって、「必ず出ます」ではありません。この事案では、熱の記録はありませんでした。
さらに——
高齢者や妊婦では、痛みがそれほどひどくない場合があり、圧痛も弱くなります。
痛みが弱いこと自体が、安心の材料にはならないと書かれています。
診断がついても、そこで終わりではありません(写真はイメージです)
3. 避けるには・受診の判断
「歩ける」は、判断材料になりません
消防庁のアプリ「Q助」で腹痛を選ぶと、質問が段階的に出てきます。その先のほうに、これがあります。
歩くことができない状態ですか?
これに「はい」と答えると、結果は「いますぐ救急車を呼びましょう」です。
ただし——「歩ける」側について、何かを言っているわけではありません。当てはまらなかった場合に出るのは、こちらです。
2時間をめやすに病院に行かれたほうが良いでしょう
「様子を見ましょう」ではありません。歩けていても、2時間です。
実際、この事案の方をQ助に通すと、おそらくこの答えになります。そして現実には、転院搬送になりました。
動いて痛むかどうかは、見る値打ちがあります
日本臨床外科学会は、おなかの痛みを2種類に分けて説明しています。腹膜が刺激されて起きる痛み(体性痛)について、こう書いています。
歩行などの体動や咳などで痛みが増強する特徴があります。
歩けるかどうかではなく、歩くと響くかどうか。咳やくしゃみで痛みが走るかどうか。そこは伝える価値があります。
冊子のほうは、おとなと高齢者で違います
消防庁の冊子『救急車を上手に使いましょう』の「おなか」欄を見ると、おとなのページにはこうあります。
● 激しい腹痛が持続する
ところが高齢者のページには、この項目がありません(「突然の激しい腹痛」と「血を吐く」の2つだけです)。理由は書かれていないので、そこは推測しません。
前の晩から、朝まで(写真はイメージです)
4. 家族へ
① 痛みが楽になったときが、いちばん危ない
ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。
虫垂が破裂すると、数時間にわたり痛みが軽減することがあります。
破れると、いったん楽になる。同じ資料は、そのあとこう続けます。「腹膜炎が起こり、痛みと発熱がひどくなる可能性があります」。
「さっきより楽になったから、様子を見よう」——この判断が、いちばん危ないタイミングに重なることがあります。
なお、時間についてはこう書かれています。
感染を起こした虫垂は、症状が出現してから36時間以内に破裂することがあります。
この事案は、前夜21時から朝まで。すでに10時間以上が経っていました。
② 一度診てもらっても、終わりではありません
日本臨床外科学会は、こんな例を挙げています。
急性虫垂炎」ではなく「急性胃炎」と診断されてしまう可能性もあります
みぞおちが痛む段階で受診すると、そうなることがある、と。そのうえで——
一旦帰宅となった場合にも、症状が軽快しない場合には、自宅で我慢せずに、早めに医療機関を再診することをお勧めします。
「さっき診てもらったばかりだから」は、行かない理由になりません。学会がそう書いています。
押して痛むかどうかより、動いて響くかどうか(写真はイメージです)
③ 伝えると助かること
おなかが痛くて受診するとき、この4つを言えると話が早くなります。
- いつから痛いか(この事案なら「昨夜21時から」)
- どこが痛いか、移動したか
- 動くと響くか、咳で痛むか
- 熱・吐き気・便の様子
うまく説明しようとしなくて大丈夫です。迷う段階なら♯7119という窓口もあります。
「昨夜の9時からです」——それが手がかりになります(写真はイメージです)


