「息をしているから、大丈夫だと思った」——救急の現場で、私が何度も聞いてきた言葉です。
でも、その「呼吸」が、実は心臓が止まった直後に見られる死戦期呼吸(しせんきこきゅう)だったとしたら。それは「息をしている」のではなく、一刻を争う心停止のサインかもしれません。
今日は、この紛らわしい死戦期呼吸を「呼吸あり」と誤認しないための見分け方と、迷ったときにどうするかをお伝えします。知っているだけで、大切な人を救えるかもしれない話です。
「息をしている」——その第一印象が、判断を遅らせることがあります
プロでも一瞬迷う「死戦期呼吸」の正体
ある夏の朝のことです。地方都市の高齢者施設で、90代前半の女性が倒れているのが見つかりました。施設の職員は「呼吸はある」と判断していました。
でも、現場に着いて私が見たその「呼吸」は、しゃくりあげるような、途切れ途切れのものでした。正直に言えば、経験を積んだ私自身も、その一瞬、「呼吸、あるのか?」と判断に迷いました。 それほど、死戦期呼吸は紛らわしいのです。
これは特別な話ではありません。現場で見てきたなかで、死戦期呼吸を「息をしている」と受け取ってしまい、心肺蘇生(CPR)の開始が遅れる——このパターンを、私は何度も見てきました。だから、あなたが見分けられなくても、それは仕方のないことなのです。でも、知っていれば違います。
死戦期呼吸とは
死戦期呼吸は、心臓が止まった直後などに見られる、「あえぎ呼吸」とも呼ばれる異常な呼吸です。脳が酸素を求めて起こす反射のようなもので、正常な呼吸ではありません。
「呼吸のように見えるもの」と「正常な呼吸」は、まったく違います
通常の呼吸との違いは、次のような点です。
- 不規則で、間隔がバラバラ(数秒に1回、しゃくりあげるように)
- あえぐような、しゃくりあげるような、途切れ途切れの動き
- 口やあご、喉のあたりだけが動いているように見え、胸やお腹がしっかり上下していないことがある
こうした「見え方」を細かく見分けようとする必要はありません。大切なのは、「普段どおりの、規則正しい呼吸」でなければ、心停止かもしれないと考えることです。
「規則正しく、静かに、胸がふくらんでしぼむ」——これが正常な呼吸です。それと違えば、「正常な呼吸ではない」と考えてください。
CPRまでの空白時間が、救命率を左右する
心臓が止まると、体には刻一刻と酸素が届かなくなります。だからこそ、心停止の発見からCPR開始までの「空白の時間」を、できるだけ短くすることが、命を分けます。
心停止では、1分1秒が救命率に直結します
心停止からの時間が経つほど、救命の可能性は下がっていきます。とくに心室細動(しんしつさいどう)という不整脈では、電気ショック(除細動)が1分遅れるごとに、救命の可能性が7〜10%ずつ下がるとされています(その場で心肺蘇生が行われていない場合/米国心臓協会)。
だからこそ、その場に居合わせた人(バイスタンダー)が、救急隊の到着を待たずにCPRを始めることが、決定的に重要です。実際、消防庁のまとめでは、一般市民が目撃した心臓が原因の心停止において、居合わせた人が応急手当を行った場合の1か月後の社会復帰率は約10.0%で、行わなかった場合の約3.4%と比べて、およそ2.9倍高いという結果が出ています(令和5年・消防白書令和6年版)。あなたの手が、救命率を大きく引き上げるのです。
判定はシンプル:「反応なし+普段どおりでない呼吸」でCPR開始
市民が心停止を見分けるための基準は、実はとてもシンプルです。
① 反応があるか 肩をやさしくたたきながら声をかけ、目を開ける・返事をする・目的のある動きがあるかを見ます。反応がなければ、大声で助けを呼び、119番通報とAEDの手配をします。
肩をたたいて声をかけ、反応と「普段どおりの呼吸」があるかを確認します
② 普段どおりの呼吸があるか 胸とお腹の動きを見て、「普段どおりの呼吸」があるかを確認します(10秒以内で)。呼吸がない、または死戦期呼吸のように普段どおりでない呼吸なら、心停止とみなして、ただちに胸骨圧迫を開始します。
そして、いちばん大切なこと。迷ったら、胸骨圧迫を始めてください。
「もし心臓が動いていたら、押してはいけないのでは」と不安になるかもしれません。でも、心停止の人にCPRをしないことのリスクのほうが、はるかに大きいのです。判断に迷う時間こそが、命を削ります。迷ったら始める——これが、世界共通の考え方です。
迷ったら、胸の真ん中を、強く・速く・絶え間なく押す。それが救命の第一歩です
なお、人工呼吸のやり方に自信がなかったり、ためらったりする場合は、胸骨圧迫だけのCPRでかまいません。何もしないより、押すことが、はるかに大切です。
家族・施設職員が今日からできること
死戦期呼吸は「知っているかどうか」で対応が変わります。いざというときのために、今日からできる備えをまとめます。
① 死戦期呼吸を「動画で見て」覚える 文字の説明だけでは、実際のあえぎ呼吸はイメージしにくいものです。消防庁や日本AED財団、救命講習などで公開されている動画を、一度見ておくことを強くおすすめします。「こういう動きか」と知っておくだけで、本番の迷いが減ります。
救命講習は、実際に手を動かして学べる貴重な機会。動画やWEB講習も活用を
② 家族で「もしものとき」を話しておく 誰が119番するか、AEDはどこにあるか、どう役割分担するか。ふだんから家族で話しておくだけで、いざというときの動きがまったく変わります。
近所や職場のどこにAEDがあるか、ふだんから知っておくと、いざというとき動けます
③ 施設は、BLS(一次救命処置)研修の頻度を確認 高齢者施設では、職員が死戦期呼吸を含む一次救命処置を、繰り返し学んでおくことが大切です。研修の受講頻度を、施設として見直しておきましょう。
「呼吸あり」の思い込みをなくすことが、施設での救命の第一歩です
④ 119番通報したら、指令員の指示に従う 日本では、119番通報をすると、電話越しに通信指令員が心肺蘇生のやり方を教えてくれます(口頭指導)。「どうすればいいかわからない」と思っても大丈夫です。慌てず、指令員の声に従って、手を動かしてください。
通報すれば、電話の向こうから手順を教えてもらえます。一人で抱え込まないで
あなたが押し続けた時間が、救急隊にバトンをつなぎます

